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坂本弁護士遺体発見15年、2人の仲間失った影山弁護士「暴力横行しない社会に」/横浜

2010年9月6日

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坂本弁護士の長男龍彦ちゃんの遺体発見現場で、冥福を祈る影山さん(右端)ら弁護士仲間=2009年9月、長野県大町

坂本弁護士の長男龍彦ちゃんの遺体発見現場で、冥福を祈る影山さん(右端)ら弁護士仲間=2009年9月、長野県大町

 オウム真理教幹部らに一家を殺害された弁護士坂本堤さんの遺体発見から、6日で15年となる。今年6月、横浜弁護士会の前野義広弁護士が事務所で刺殺された。坂本さんの事件後も、弁護士への業務妨害は続く。「暴力は絶対に許されない」。近しい2人の仲間を失った弁護士は、その思いを強くする。

 影山秀人さん(52)は、横浜弁護士会の「少年問題委員会」で、かつてともに坂本さんと仕事をした。一家の姿が消えた後、「坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会」事務局長を務めた。

 独立後、開設した事務所に入ったのが前野さんだった。

 坂本さんと前野さん。理不尽な暴力で命を奪われた2人の弁護士経験はともに3年ほどだった。坂本さんは労働、子ども、そしてオウム真理教など多岐にわたる案件に携わった。前野さんの依頼者から粘り強く話を聞く姿には、目を見張るものがあった。ともに、活躍はこれからという時だった。

 影山さんは、前野さんに「電車を待つとき、一番前に並ぶな」と助言したことがある。紛争解決の渦中にいる弁護士は、危険と隣り合わせだと伝えたかった。坂本事件の教訓が念頭にあった。

 だが、職場の事務所内で、前野さんは、応対中の男性に刺された。

 「事務所の若手に何を教えていたんだ」「何も言う資格がないのではないか」。影山さんは6月の事件直後、自問を繰り返した。

 今月中旬、坂本さん一家の遺体が発見された新潟、富山、長野県を訪れる。15回目の慰霊の旅となる。

 影山さんは坂本さん一家の事件直後に聞いた仲間の弁護士の言葉を、あらためて思い出している。

 「人は無意識に線を引きたがる。『弁護士だから、オウム真理教の問題をやっていたから』と」

 「弁護士だから」という無意識の線引きのうち、いつしか暴力がはびこる社会になる。弁護士は危険な仕事を引き受けなくなり、人権救済がおろそかになる。影山さんは、そう危惧(きぐ)する。

 弁護士だけが決然とした態度を取るのではなく、業務妨害の実態を市民につまびらかにすることで、社会全体で暴力を排除する雰囲気を醸成することが大事だと考える。

 真正面に一つ一つの案件に向き合い、活躍はこれからだった2人の無念を背負い、影山さんはあらためて思う。

 「暴力が横行し、萎縮する社会であっていいのか、考えるきっかけになってほしい。二度と事件は起きてほしくはない」

 ◆坂本堤弁護士一家殺害事件 1989年11月4日、横浜弁護士会所属の坂本堤弁護士=当時(33)=と妻都子さん=同(29)=、長男龍彦ちゃん=同(1)=の一家3人が、横浜市磯子区のアパートでオウム真理教幹部ら6人に殺害された事件。95年9月6日に堤さんが新潟県、都子さんが富山県の山中で、10日に龍彦ちゃんが長野県の湿地で遺体で発見された。

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この記事へのコメント

コージータハラ [2010/9/6 13:56]  編集する
 今朝の社説にはがっかりした。
 
 オウム事件。裁判官宿舎や地下鉄などが猛毒で狙われ、多くの罪もない人々が殺された。被害者救済に立ち上がっていた弁護士一家は1歳の子どもを含め、殺され、山中に埋められた。元神奈川新聞記者の江川さんや、創価学会の池田会長、東京都庁なども猛毒や爆発物で次々に襲われた。本当に恐ろしい事件が続発していた。
 数々の事件がオウムの仕業ということはほぼ分かっていたはずだが、確固たる証拠がない中、宗教の自由などによる壁もあって、警察も相当苦しんだものと思う。弁護士一家殺害から6年近くたって、ようやく一連の事件の関係者が逮捕され、死刑判決も受けたが、今だに行方の分からない容疑者もいる。
 
 千葉大臣は、弁護士としてこうした事件の数々を覚えているだろうか。
 急に話題を結びつけるのもやや強引ではあるが、死刑を廃止してしまっていいのだろうか。本当に、このような不法集団による無差別テロはもう二度と起きないのだろうか。
 身勝手な理由で無関係な人々を殺す事件はなくなっていない。法律改正でダガーナイフの所持が禁止されたにもかかわらず、警察に提出されたものはごく一部だという。
 
 こうした事件や、その後の経過を見るにつけ、被害者の家族や知人たちはどうしているだろう、どう思っているだろうと考えてしまう。
 
 神奈川新聞社は今朝の社説で死刑廃止のための議論継続を訴えている。
 しかし、心から残念だったのは、神奈川新聞社が
   「社として被害者を無視した」ことである。
 
 社説には、被害者の心情に思いを致す下りが皆無だったのだ。
 
 死刑の裏には、必ず殺人事件が存在する。そして、何より被害者が、そしてその家族や知人が存在する。そうした方々への心配りが「全く」見られなかったのだ。残念であり、驚きもした。
 
 曲がりなりにも新聞社である。読者の中には、被害者や、その家族だっているのだ。過去に神奈川エリアでどれほどの事件が発生してきたか。地元新聞なら、他紙よりも詳しく知っているはずではないか。より現場に近いはずではないか。
 
 被害者の立場に全く目を向けようとせず、一方的に正義感ぶって格好のよい文章を書く。私は以前からそうした姿勢に新聞社の「傲慢さ」を感じている。
 むろん、自分が正しいと思ってはいない。あまりにも偏り、あまりにも傲慢な姿勢が見えるから、あえて指摘しているのだ。
 
 半歩譲って死刑廃止を議論すること自体は否定しないが、それでも、常にそこには被害者がいて、その気持ちにも配慮が必要だということくらい、読者の指摘がなくても気づいてもらいたいものだ。  
(2010/9/6 14:11更新)

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