知る×つながる=動きだす カナロコ 神奈川発コミュニティーサイト

ログイン

新規登録

  • お問い合わせ
  • たびたびある質問
  • サイトマップ

元プロ選手が高校野球監督に就任、門出の春を迎えた川俣さん/藤沢

2010年4月2日

 ソーシャルブックマーク  (ソーシャルブックマークとは)

この記事のコメントを見る

文字サイズ:

元プロ野球選手の川俣新監督=藤沢市の藤沢翔陵高グラウンド

元プロ野球選手の川俣新監督=藤沢市の藤沢翔陵高グラウンド

 かつてロッテ、阪神に所属した元プロ野球選手の川俣浩明さん(37)=藤沢翔陵高教諭=が1日、同校の野球部監督に就任した。元プロ野球選手(日本野球機構所属)が高校野球の指導者となるのは県内で初めて。華やかなプロの世界を引退後、夜間大学に通うなどして教員免許を取得した川俣さん。苦労の時を経て、新たな門出の春を迎えた。

 春のつむじ風が土煙を巻き上げる。指導者初日を迎えた川俣新監督は、時折顔を伏せながらも、目の前のグラウンドの景色をまぶたに焼き付けた。

 元プロ野球選手にとって、高校野球で指導者となるのは険しい道のりだ。日本学生野球協会が定める規約では、高校の教員として2年以上在籍しなければ指導者資格を得られず、さらに同協会の審査を経て承認される。

 川俣監督は、藤沢商高(現・藤沢翔陵高)で投手として活躍し、大阪ガスを経て1997年にロッテに入団。その後、阪神に移籍し、2002年に引退した。引退後は建築関係の営業職に就いたが、思うようにいかず仕事に行き詰まっていたころで、母校から監督候補として誘われた。

 指導者になるとは、当時は考えてもいなかった。だが「自分はエリート選手ではない。これまで支えてくれた多くの人に感謝したい」と、新たな道を決めた。まずは事務職員として働き、教員免許取得のために4年間、勤務後に大学へ通った。「正直、放り出したいと思うこともあった」

 社会科教諭となって教壇に立つようになったが、さらに2年間は野球部とかかわれない日々が続いた。教室の窓から部員の姿を眺めては、「(近寄ることもできず)窮屈だなと思ったこともあった」。しかし指導者への情熱は途切れず、練習メニュー一つ一つの改善点を客観的に考え、グラウンドに立つ日を待った。

 新年度が始まったこの日。学校はまだ春休み中で選手は自主練習だったが、「川俣さんの初日ですから」と、20人以上が集まった。彼らに自分の経験から伝えたいことは、「支えてきてくれたすべての人への感謝と、一生懸命やれば必ずチャンスは巡ってくる」という二つだ。

 10年ぶりに握ったというノックバット。「初日から飛ばし過ぎですかね」。新米監督は力が入り過ぎ、左小指の皮がめくれた。

 「プロとアマの関係がいい方向に向かうように自分も頑張りたい」。37歳には、先駆者としての自覚もある。新たな船出は、希望に満ちていた。


◆川俣 浩明(かわまた・ひろあき)
 1997年ドラフト3位でロッテ入団。2001年オフに自由契約となり、入団テストを経て阪神に移籍。阪神では1軍登板機会がなく、02年に引退。プロ通算29試合0勝0敗、防御率5・68。右投げ。


神奈川新聞の関連記事


この記事へのコメント

この記事へコメントする

コメントを投稿するにはログインが必要です。

神奈川新聞購読のお申し込み

神奈川新聞 1週間無料お試し

企画特集【PR】

  • 広告のご案内
  • 神奈川新聞の本のご購入とご紹介
  • Good Job
  • フォトサービス
  • カナロコ碁会所
  • 「おはようパズル」へ応募
  • 神奈川新聞への情報提供と取材依頼
  • 「自由の声:への投稿
  • 会社概要
  • 採用情報
  • Happy News
  • 2011年 第3回かながわ新聞感想文コンクール